東京地方裁判所 平成9年(ワ)10321号 判決 1998年8月27日
原告
ヱビス瓦工業株式会社
右代表者代表取締役
神谷秋正
右訴訟代理人弁護士
沼田安弘
同
宮之原陽一
同
杉山博亮
同
川西秀樹
右補佐人弁理士
神保欣正
被告
野安製瓦株式会社
右代表者代表取締役
野口安廣
右訴訟代理人弁護士
纐纈和義
同
林和宏
右補佐人弁理士
三宅始
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、別紙被告製品目録記載のかわらを製造し、販売してはならない。
二 被告は、同目録記載のかわらの完成品、半製品、仕掛品及びこれらの製造に要した金型を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金二億八六〇〇万円及びこれに対する平成九年六月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、かわらの意匠権を有している原告が、被告は原告の意匠権に係る登録意匠に類似するかわらを業として製造・販売し、原告の意匠権を侵害しているとして、被告に対し、意匠法三七条一項に基づき、右かわらの製造・販売の差止めを、同条二項に基づき、右かわらの完成品やその製造に要した金型等の廃棄を、民法七〇九条及び意匠法三九条一項に基づき、被告の意匠権侵害行為によって被った損害の賠償(不法行為の後の日である平成九年六月六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を含む。)をそれぞれ求めている事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、左記(一)の意匠権(以下、これを「原告意匠権」といい、その登録意匠を「原告意匠」という。)及びこれを本意匠とする左記(二)の類似意匠の意匠権(以下、その登録意匠を「原告類似意匠」という。)を有している。
記
(一) 出願日
昭和六二年五月一九日
登録日
平成二年一月三一日
登録番号
第七八六八五九号
意匠に係る物品 かわら
登録意匠
別紙意匠図一記載のとおり
(二) 出願日
昭和六二年八月一九日
登録日
平成四年一一月一二日
登録番号
第七八六八五九号の類似一
意匠に係る物品 かわら
登録意匠
別紙意匠図二記載のとおり
2 原告意匠の構成は、次のとおりである。なお、以下、かわら同士を葺き合わせた際に屋根面の勾配方向に連続する方向をかわらの「全長方向」、その勾配の上方を「屋根面後方」、その勾配の下方を「屋根面前方」、勾配方向と直交する方向を「全幅方向」という。
(一) かわら全体の平面の形状は、その一側(屋根面後方に向かって右側)に、かわら同士を葺き合わせた際に全幅方向に隣接するかわらの一側によって覆われる幅重ね代(別紙意匠図一記載3の部分。以下、原告意匠に付した符号は、別紙意匠図一記載のものである。)を有する、全長方向の長さが全幅方向の長さよりやや長い長方形であり、幅重ね代(3)の屋根面前方の一端が長方形に切り欠かれ、この切り欠きに対するかわらの対角線方向の隅角部(屋根面後方の向かって左側)も長方形に切り欠かれている。
(二) かわら同士を葺き合わせた場合に屋根面として現われるかわらの働き部分は、かわらの全長方向に連続して隆起する二つの山状屈曲部(1A、1B)と、全長方向に連続する二つの平坦部(2A、2B)からなり、一つ目の山状屈曲部(1A)は、かわらの全幅方向の一端(屋根面後方に向かって左側)から始まり、この山状屈曲部(1A)に対し二つ目の山状屈曲部(1B)が一つ目の平坦部(2A)を挾んで配され、二つ目の山状屈曲部(1B)に二つ目の平坦部(2B)が連続する。
(三) 前記各平坦部(2A、2B)は、いずれも同一の幅を有し、前記各山状屈曲部(1A、1B)は、それぞれ同一の曲率の断面円弧状で、その幅は、前記各平坦部(2A、2B)の幅よりやや長い。
(四) かわらの屋根面前方の一端(7)は、前記各山状屈曲部(1A、1B)及び各平坦部(2A、2B)とも下方に屈曲され、あたかもすぼまっているように構成されている。
(五) かわらの働き部分の平坦部(2B)には、斜め上方に緩やかな角度で跳ね上がる平坦状の幅重ね代(3)が連続している。
(六) かわらの平面にして二つの平坦部(2A、2B)の屋根面後方の各一端には、それぞれ平面が矩形状で断面が台形状の引掛重ね凹部(5A、5B)が切り欠かれ、この各引掛重ね凹部(5A、5B)を囲むように、それぞれ矩形に半円を付加したような形状の立ち上がり縁が設けられている。
(七) かわらの平面にして幅重ね代(3)の屋根面前方の一端近くには、斜め方向の溝状の水切(4A、4B)が前後に二つ設けられている。
(八) かわらの底面にして屋根面後方の一端の、各引掛重ね凹部(5A、5B)の裏側に位置する箇所には、それぞれ底面から頂点を切り落とした三角形状の引掛重ね凸部(10A、10B)が垂設されている。
(九) かわらの平面にして二つの山状屈曲部(1A、1B)の屋根面後方の各一端近くには、全幅方向の溝状の水返し(9A、9B)がそれぞれ一つずつ(合計二つ)設けられている。
(一〇) かわらの平面にして二つの山状屈曲部(1A、1B)上には、変形半円状の隆起部と変形半円状の凹陥部とを互いの弦部分を共通にして連続させた形状の滑り止め部(8Aないし8F)がそれぞれ三つずつ(合計六つ)設けられている。
3 原告類似意匠の構成は、原告意匠の構成と、全長方向を軸として全幅方向に左右対称であるほかはすべて同じである。
4 被告は、別紙被告製品目録記載のかわら(以下「被告製品」といい、その意匠を「被告意匠」という。)を業として製造し、販売している。
5 被告意匠の構成は、次のとおりである。
(一) かわら全体の平面の形状は、その一側(屋根面後方に向かって左側)に、かわら同士を葺き合わせた際に全幅方向に隣接するかわらの一側によって覆われる幅重ね代(被告製品目録三記載3の部分。以下、被告意匠に付した符号は、同目録記載のものである。)を有する、全長方向の長さが全幅方向の長さよりやや長い長方形であり、幅重ね代(3)の屋根面前方の一端が長方形に切り欠かれ、この切り欠きに対するかわらの対角線方向の隅角部(屋根面後方の向かって右側)も長方形に切り欠かれている。
(二) かわら同士を葺き合わせた場合に屋根面として現われるかわらの働き部分は、かわらの全長方向に連続して隆起する二つの山状屈曲部(1A、1B)と、全長方向に連続する二つの平坦部(2A、2B)からなり、一つ目の山状屈曲部(1A)は、かわらの全幅方向の一端(屋根面後方に向かって右側)から始まり、この山状屈曲部(1A)に対し二つ目の山状屈曲部(1B)が一つ目の平坦部(2A)を挾んで配され、二つ目の山状屈曲部(1B)に二つ目の平坦部(2B)が連続する。
(三) 前記各平坦部(2A、2B)は、いずれも同一の幅を有し、前記各山状屈曲部(1A、1B)は、それぞれ同一の曲率の断面円弧状で、その幅は、前記各平坦部(2A、2B)の幅よりやや長い。
(四) かわらの屋根面前方の一端(7)は、前記各山状屈曲部(1A、1B)及び各平坦部(2A、2B)とも下方に屈曲され、あたかもすぼまっているように構成されている。
(五) かわらの働き部分の平坦部(2B)には、斜め上方に緩やかな角度で跳ね上がる平坦状の幅重ね代(3)が連続している。
(六) かわらの平面にして二つの平坦部(2A、2B)の屋根面後方の各一端には、それぞれ平面が矩形状で断面が円弧状の引掛重ね凹部(5A、5B)が切り欠かれ、この各引掛重ね凹部(5A、5B)を囲むように、それぞれ矩形状の立ち上がり縁が設けられている。
(七) かわらの平面にして幅重ね代(3)の屋根面前方の一端近くから屋根面後方の一端近くにかけて、斜め方向の溝状の水切(4Aないし4E)が前後に五つ設けられている。
(八) かわらの底面にして屋根面後方の一端の、各引掛重ね凹部(5A、5B)の裏側に位置する箇所には、それぞれ三角形状の引掛重ね凸部(10A、10B)が垂設されている。
二 争点
1 原告意匠と被告意匠とが類似するかどうか。
(原告の主張)
原告意匠と被告意匠を対比すると、その構成の共通点は、いずれもかわら同士を葺き合わせて使用したときに屋根面として外部に現われる、かわらの働きに関するものであり、見る者の美的関心を特にひき、かわらとしての美しさを決定づける特徴部分に係るものである。他方、その構成の相違点は、いずれも微細なものにすぎず、かわら同士を葺き合わせて使用したときに外部に現われない部分のものであったり、見る者において特に注意をひいて独自の美観を抱く可能性がないようなものであって、前記の共通点に由来する美観を左右するほどのものではない。
被告は、原告意匠及び被告意匠に共通する構成の中には、原告意匠の意匠登録出願前に既に公知の意匠に見られるものがあり、それは意匠の要部たりえない旨を主張するが、被告が要部たりえないと主張するもののすべてが必ずしも公知意匠に見られる構成であるとはいえないし、仮に公知意匠に見られる構成であったとしても、それらは他の構成部分と共に意匠的まとまりを形成して、全体として独自の美的印象を見る者に与えるものであるから、類否判断においてそれらを意匠の要部ではないとすることはできない。
したがって、原告意匠と被告意匠は類似する。
(被告の主張)
原告意匠については、かわら同士を葺き合わせて使用したときに外部に現われる部分であって、かつ、原告意匠の意匠登録出願前の公知意匠に見られない構成、すなわち、前記一2(一〇)の「かわらの平面にして二つの山状屈曲部上には、変形半円状の隆起部と変形半円状の凹陥部とを互いの弦部分を共通にして連続させた形状の滑り止め部がそれぞれ三つずつ(合計六つ)設けられている」という構成がその要部であるというべきであり、原告意匠のその余の構成は、その要部とはなり得ない。
原告意匠と被告意匠を対比すると、被告意匠は原告意匠の要部を備えていないのであるから、原告意匠と被告意匠は類似しない。
2 原告の損害額
(原告の主張)
被告は、被告製品を平成八年四月から試験的に製造・販売し、同年六月から本格的に製造・販売して、平成九年四月までにこれを少なくとも七一五万枚製造・販売した。これによって被告が得た利益は、被告製品一枚当たりの利益を四〇円とすると、総額二億八六〇〇万円を下らない。
したがって、原告は、被告の原告意匠権に対する侵害行為により、二億八六〇〇万円の損害を被ったものと推定される。
第三 当裁判所の判断
一1 原告意匠と被告意匠とを対比すると、次の(1)ないし(8)において共通している。
(1) かわら全体の平面の形状が、その一側に、かわら同士を葺き合わせた際に全幅方向に隣接するかわらの一側によって覆われる幅重ね代を有する、全長方向の長さが全幅方向の長さよりやや長い長方形であり、幅重ね代の屋根面前方の一端が長方形に切り欠かれ、この切り欠きに対するかわらの対角線方向の隅角部も長方形に切り欠かれている点。
(2) かわら同士を葺き合わせた場合に屋根面として現われるかわらの働き部分が、かわらの全長方向に連続して隆起する二つの山状屈曲部と、全長方向に連続する二つの平坦部からなり、一つ目の山状屈曲部が、かわらの全幅方向の一端から始まり、この山状屈曲部に対し二つ目の山状屈曲部が一つ目の平坦部を挾んで配され、二つ目の山状屈曲部に二つ目の平坦部が連続する点。
(3) 前記各平坦部がいずれも同一の幅を有し、前記各山状屈曲部がそれぞれ同一の曲率の断面円弧状で、その幅が前記各平坦部の幅よりやや長い点。
(4) かわらの屋根面前方の一端が前記各山状屈曲部及び各平坦部とも下方に屈曲され、あたかもすぼまっているように構成されている点。
(5) かわらの働き部分の平坦部に、斜め上方に緩やかな角度で跳ね上がる平坦状の幅重ね代が連続している点。
(6) かわらの平面にして二つの平坦部の屋根面後方の各一端に、それぞれ平面が矩形状の引掛重ね凹部が切り欠かれ、この各引掛重ね凹部を囲むように、それぞれ立ち上がり縁が設けられている点。
(7) かわらの平面に斜め方向の溝状の水切が設けられている点。
(8) かわらの底面にして屋根面後方の一端の、各引掛重ね凹部の裏側に位置する箇所に、それぞれ引掛重ね凸部が垂設されている点。
2 他方、原告意匠と被告意匠とは、次の①ないし⑥において相違している。
① 被告意匠の構成が原告意匠の構成と、全長方向を軸として全幅方向に左右対称である点。
② 平面にして二つの平坦部の屋根面後方の各一端に切り欠かれられている引掛重ね凹部の断面が、原告意匠においては台形状であるのに対し、被告意匠においては円弧状であり、また、引掛重ね凹部を囲むように設けられている立ち上がり縁が、原告意匠においては矩形に半円を付加したような形状であるのに対し、被告意匠においては矩形状である点。
③ かわらの平面に設けられている斜め方向の溝状の水切が、原告意匠においては幅重ね代の屋根面前方の一端近くに前後に二つ設けられているのに対し、被告意匠においては幅重ね代の屋根面前方の一端近くから屋根面後方の一端近くにかけて前後に五つ設けられている点。
④ かわらの底面にして屋根面後方の一端に垂設されている引掛重ね凸部が、原告意匠においては底面から頂点を切り落とした三角形状であるのに対し、被告意匠においては三角形状である点。
⑤ 原告意匠においては、かわらの平面にして二つの山状屈曲部の屋根面後方の各一端近くに、全幅方向の溝状の水返しがそれぞれ一つずつ(合計二つ)設けられているのに対し、被告意匠においては、このような水返しが設けられていない点。
⑥ 原告意匠においては、かわらの平面にして二つの山状屈曲部上に、変形半円状の隆起部と変形半円状の凹陥部とを互いの弦部分を共通にして連続させた形状の滑り止め部がそれぞれ三つずつ(合計六つ)設けられているのに対し、被告意匠においては、このような滑り止め部が設けられていない点。
二 原告意匠と被告意匠の右相違点③⑤⑥は、要するに、原告意匠において表面に設けられている水切、水返し及び滑り止め部については、被告意匠において形状が異なるか又は存在しないというものであるところ、原告意匠の意匠登録前に頒布された刊行物である昭五五―七三六〇公開特許公報、意匠登録第五四八二四三号意匠公報、意匠登録第六一四七七六号意匠公報、意匠登録第六五八七〇七号意匠公報及び「屋根カタログ一九八六」(日本屋根経済新聞社発行)に記載された各意匠(乙第一号証ないし第五号証)並びに原告類似意匠の構成を参酌すれば、原告意匠における水切、水返し及び滑り止め部の各構成(前記第二、一2(七)(九)(一〇)参照)は、いずれも独特の美観をもたらすものとして創作され、見る者の注意をひく部分として、原告意匠の要部を構成するものと認められる。
そうすると、被告意匠は、前記相違点③⑤⑥において原告意匠の要部たる構成を備えないものであり、殊にかわら同士を葺き合わせて使用したときに外部に現われる部分であって、かわらの用途上見る者にひときわ目立つ平面中央部に設けられた六つの滑り止め部を被告意匠が備えていない点(相違点⑥)において大きく異なることに照らせば、その相違は、両意匠の共通点に由来する類似性を上回るものであって、原告意匠及び被告意匠を全体的に観察した場合に、両意匠を見る者に対し、視覚を通じての美観において異なった印象を与えるというべきである。
したがって、被告意匠は、原告意匠に類似しない。
三 以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)